ゆとりある精神について考えてみました。母の日に想う[あなたにとって家族とは]
昨日が母の日だったこともあり、
TV番組で「あなたにとって家族とは」という特集が放映されていました。
10人お子さんがいる大家族や芸能人の方へのインタビューが紹介されていました。
私もまだ母が健在なので、GWには実家に行って気持ちだけですが、
お土産を渡してきました。
私にとって家族とは「最後の拠り所」であるし、あって欲しいと思っています。
人生順調なことばかりではありません。
時にはつまずき、周囲から疎外されることもあるかもしれません。
また不幸にして何か事件を起こしてしまうことも考えられます。
そんな時、どんなに周囲の環境は厳しくても、
家族だけは信じてあげて欲しいのです。
よく、冤罪の場合、親兄弟が中心になって無実を信じて、
長い間支援している様子がみられます。
周囲の誰も信じてくれなくても、家族が信じてくれて、
優しい言葉をかけてくれれば、きっと道は開けると信じます。
なかなかできないことだと思いますが、家族の力添えがあれば
本人も再び歩いていくことができるのではないでしょうか。
そして、その「最後の拠り所」の中心は母親であるように思います。
父親の責任を放棄するわけではありませんが、
母親の海のような愛情には、とてもかないません。
咎めず、責めず、非難せずただ黙って受け入れてくれます。
最近娘が結婚しました。
もちろん末永く添い遂げてくれると信じているのですが、
もしも娘がどうしても「離婚して帰ってきたい」といったら、
何も聞かず黙って迎え入れたいと思っています。
もちろん、経済的な支援も必要ですが、
経済的に何もできなくても、家族ならできることはたくさんあると思います。
一番つらい時の「最後の拠り所」は家族しかありませんから。
眼施(げんせ)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・優しいまなざし 和顔悦色施(わかんえつじきせ)・・・・にこやかな微笑み 言辞施(げんじせ)・・・・・・・・・・・・・・・・美しい言葉、優しい言葉 心施(しんせ)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・感謝のこころ、ありがとうという気持ち 座施(しょうざせ)・・・・・・・・・・・・・・・・いろんな意味の席を譲る 房舎施(ぼうしゃせ)・・・・・・・・・・・・・・宿と食事の提供 身施(しんせ)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・奉仕活動 |
別れや病気やケガなどつらいことはたくさんあると思いますが、
自分の存在が誰にも認められない・自分の居場所がないことは、
精神的にとてもつらいことだと思います。
その人の居場所がある、自分を認めてくれる人がいることは、
どんなに心強いことでしょう。それが家族であるように思います。
縁あって家族になったわけですから、どこまでも信じて応援していきたいものです。
ゆとりある精神には、「最後の拠り所」となる家族の存在が
何より必要だと母の日に改めて感じています。
そして、自分の母親に生んでくれてありがとうと感謝しています。
面と向かっては、恥ずかしくて言えませんから。